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村 八 分
先日、香川県の本島という瀬戸内海の島で山火事が起こった。
私が住んでいるマンションからは瀬戸内海が見えるのだが、その真正面にこの本島が見えるので、火事や消火の様子がよく見えた。最初、風が北風だったので島の北斜面の火災が一気に広がり、私の部屋は島の南側にあるので、夜になると、ちょうど頂上から噴火しているように見えた。
単なる山火事でも消火活動はたいへんなことなのに、孤立した島の山火事となると、さらに消火活動はたいへん難しくなる。
昼間は自衛隊の大型ヘリや防災ヘリが数十機出て、水を持ち上げて一気にぶっかける、、という方法しかとれないので、ここ数日間は夜明けと共にヘリの騒音で起こされてしまった。しかも、夕方になると撤収するので、夜間は燃え放題になっていて、あまり意味のない消火活動をやっていた。
結局、島の1/4が燃えた。出火は20日で、火事の鎮圧宣言が出たのが27日なので一週間燃え続けたことになる。しかし、実は現在も火種が残っておりまだ燻っているところがあるらしい。
さて、問題は今回の火事の原因なのだが、最初は島にお盆で帰省していた子供の花火が原因と言われていたが、数カ所で出火したので放火の疑いも無視できない、、、ということになっている。
ニュース的にはここまでなのだが、閉鎖社会の島でこれほどの大事が起こると原因を巡って様々な詮索が始まる。あそこの子供があの日に花火をしとった! とか、あそこのせがれは不良だからやりかねん、、とか、、こうなると火曜サスペンスの世界になってしまう。
自然出火はありえないわけだから、いわゆる誰かが火を出したのは間違いない。この場合意図的でないのなら犯人とはならないが、放火であればそれは事件であるから犯人となる。
でも、瀬戸内の小島で、どちらにしても「こいつがやった」というのが限定されると「村八分」になるの間違い無い。
昔から言われている「村八分」という言葉は、その意味を知ると面白い。
一般的に、一人のけ者にされることを、村八分にされる、、というが、この言葉は語源は江戸時代にさかのぼる。
以下辞書より、、
むらはちぶ 【村八分】
(1)江戸時代以来、村落で行われた制裁の一。規約違反などにより村の秩序を乱した者やその家族に対して、村民全部が申し合わせて絶交するもの。俗に、葬式と火災の二つの場合を例外とするからという。
(2)仲間はずれにすること。
葬式と火事については例外、、というのが面白い。一つのコミュニティー(閉鎖社会)の中において、火事が起こると、その一軒だけで留まらず燃え移る可能性があるわけだから、火を消さないわけにはいかない、、ということが一つ。そして、気に入らんやつが死んだ場合、仏教の教えでは死んだら仏様ということと、もう相手にすることもない、最期だから顔でも拝むか、、、ということと、とりあえず葬っておかないと幽霊にでもなって出てこられたらたまらん、、、ということで葬式くらいは手伝ったり、列席せねば、、という思いが現在の日本人でも理解できる、、これが二つ目。
ということで、それら二つをのぞいた八つ分はみんなで無視しましょう、、、ということから村八分という制裁ができたのだろう。
さぁ〜て、本島で村八分が起こらねばいいが、、、原因は分からない方がいいかもしれない。