ノーベル田中さんから学ぼう・・・

最近の話題で、とても気になるのはノーベル田中さん、、、。
76才の高齢で、東大名誉教授という地位と名声をすでに手に入れられている小柴教授のノーベル受賞は、あまり騒がれないが、田中さんに関しては連日報道されていて、話題性がことさら高い。

やはり、43歳という若さで、島津製作所の無名のサラリーマンである田中さんが、世界最高の栄誉であるノーベル賞を受賞したということがとても世間受けするのだろう。このノーベル賞を受賞することで、「ノーベル賞の田中さん」という人生に替わり、島津製作所の「田中主任」から「ノーベル賞受賞者・田中フェロー」という世界で通用する称号で生きて行くことになる。

現在田中さんは、まだ43歳だから、ノーベル賞を受賞してからの人生をこれからまだまだ長く過ごすわけだから、いったいどういう人生を歩むんだろう、、と思ってしまう。

普通の人では絶対取れないノーベル賞を、一見普通の人が取ってしまった、、というところがウケるのだろうが、いろいろ見たり聞いたりするとやはり世界に認められる人は何かが違っていた、、、。

田中さんから何か学べるものはないだろうか、、、そんな気持ちでこの人を見ている。

・以下、田中語録より

■「自分が当たり前と思って言ったことで笑われることが多かった」
―いつも率直でユーモアに富んでいますね、と言われ「子どものころから、自分が当たり前と思って言ったことで笑われることが多かった。普通の人と違うということで自尊心が傷つけられていました」 「いつのころからか人と違うことで笑ってくれるならそれでいいや、と思うようになりました。最近は笑ってもらえることを少しは考えて話しています。今のところは一応ヒットしているようですね」

■「私は変わり者と思われても構わない。自分の道をいくだけ。」
―「変人」と呼ばれていますが(記者) 「日本はどうしても平均値でみて、それから外れると変わった人間とらく印を押したがる。私は変わり者と思われても構わない。自分の道をいくだけ。だけど、身の回りにそういう人がいても、排除するようなことはしないでほしい。中には、すごい人材が隠れているはずだから」

■「日の目が当たらない人に対し、頑張ればいいことがあるんだ、と」
―受賞はサラリーマンに夢を与えました(記者)「日本の社会が沈滞しているときに、自分がお役に立ててうれしい。世の中には、裏方で働く人が大勢います。日の目が当たらない人に対し、頑張ればいいことがあるんだ、と希望をもっていただけたとすれば、この上なく光栄です」

■「変な前例を作ってしまいました」
「高校時代にガリ勉して、大学に入ってホッとしていたら必修のドイツ語の単位を落としてしまい、1年留年しました」「(留年してノーベル賞をとるという)変な前例を作ってしまいました」

・ノーベル田中さんのごく普通の一日
*起床・6時から6時半。
*朝食・近くのパン屋で前日に買ったパンと、飲用ヨーグルトか豆乳。食パンは好きではなく、チーズやソーセージがのった調理パンで、少し辛いのが好み。
*通勤服・綿のズボンとシャツ。(妻購入)
*帰宅・夜は必ず7時半
*好きな食べ物・昆布。青身の魚が苦手。
*晩酌・1日置きに缶ビール1缶と決めている。
*風呂は短く10分ほど。
*就寝・11時頃

・ノーベル田中さんの一コマ
*同窓会のカラオケでは率先して「学園天国」を歌い、みんなを巻き込んでノリノリだったとか。(もちろん受賞前)
*小中学校時代は「質問魔」だった。
*大学のスナップ写真の時、田中さんはいつもピースをしていた。
*「友達との鬼ごっこで、自分が鬼になると、みんなが帰ってしまった後も、家まで追いかけて『みーつけた』」お母様談・真っ直ぐな田中さんらしいエピソード
*夫婦げんかは一度もない。
*恥ずかしがり屋さん。小学校から大学まではとくに赤面症で内向的だった。
*運命の人、裕子さんに出合うまでにお見合いは20回。
*偉大なる息子を産んだ実母が田中さんを出産してすぐに死亡。そのことを大学時に知らされた田中さんは医学に貢献することを決意した。
*研究以外ではカメラが趣味。
*持っている背広は夏、冬物それぞれ2、3着程度。(追・受賞後に増えました!)
*関西系のお笑い番組もよく見る。
*夫婦で出かける時ぐらいはジャケットを着ておしゃれをして欲しい、と妻・裕子さんは少し不満に思っている。

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