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「ディベイト」
「ディベイト」という言葉が一般化したのは、たぶんオウム真理教の上祐君がディベートの達人、、、ということで英語で弁論した時あたりから、このディベートという言葉がよく使われるようになったと思う。彼は「あーいえばじょうゆう」と言われるぐらい、このディベイトに長けていたように思う。
このdebate、ディベイト、、、、日本語で「弁論」、意味は論じ合うこと、述べることであるが、自分の思っていることを的確に的をついてしゃべる、、、ということが、これからかなり必要な時代になってくると思う。
日本以外の国では、自分の考えを積極的に述べる、、、ことは当たり前だが、日本には昔から「謙虚」という慣習があるため、自分の考えをバシバシしゃべることをタブー視する傾向が強い。ほとんどの日本人は、言わなければいけないときに黙り込んで「まあいっかぁー、今回は我慢するか」ですましてしまう。バシバシ言うのは、オバハンと呼ばれる人々のみ、、、。「ちょっと、、、それもっと安くしなさいよ、、、」「ちょっと、これも付けなさいよ、、、。」「ちょっと、どいてよ。」とか、「弁論」というより「交渉」に近いが、いろいろなシーンで負けてしまって損得がからむと、主婦はここ一番のディベートが実にうまい。なぜか冒頭に「ちょっと」を付ける、、、これは謎。
最近のハリウッド映画に裁判ネタが多いが、アメリカでは検事と弁護士のディベート術のレベルによって、有罪無罪が決まることが良く分かる。特に弁護士の最終弁論で判決をひっくり返す場面などをみると、アメリカはさすがにディベートの国だと思う。
先日、教師をしている家内の友人からこんなメールが届いた。
「先日、東京へ出張してきました。ディベート体験講座を受講し,今後の大学教育への導入を考えるためです。一定のルールのもとで[日本はサマータイム制を導入すべし]というテーマで肯定側と否定側に分かれて弁論して勝負しました.面白かったですよ。2年前から中学と高校で「ディベート甲子園」という大会も開催されており,ディベートは日本でも盛んになりそうです。」
ということで、これからは日本でも自分の考えを的確しはっきりしゃべる必要が出てきているわけ。窮地に追い込まれると日本人は黙ってしまう癖があるように思うのだが、ピッパで返答できるよう常日頃心がける必要があるように思う、、、。
特に田舎者ほど、ボケボケしている(ボーっとしている)人が多いので、言いたいことをはっきり言わんと「やられっしまう」(やっつけられてしまうの方言)ことになりますぞ!!